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Fate/stay night [Heaven's Feel]第二章lost butterfly感想(ネタバレ注意)〜春になったら〜

こんばんは。えどおです。

前回投稿した自己紹介がまだ途中ですが、これを書かずにはいられなかった。書きたい。早く感情を発露したい。

 

1/12(土)、遂に公開されました

Fate/stay night [Heaven's Feel]

第二章lost butterfly

 

早速公開初日に観に行ってきました。

 

作品についての感想や考察は既に多くの方が「わかりみが深い」と言わざるを得ない文章をあげていらっしゃいます。そして概ねの感想に共通するのが

 

「やべぇもんを観てしまった」

 

いや本当に、私も劇場で死にそうになりました。

1日経った今もまだ心が落ち着かなくて、「また観たい、でももう一度観に行くメンタル的な余力が回復しきれていない」という状態です。

 

なので、少しでも文字にすれば自分の心も落ち着くだろうという意図で書き始めています。

 

【以下、HF(ヘブンズフィール)二章までのネタバレを含みます】

 

 

 

監督の須藤さんは、第一章を「日常の崩壊」、そしてこの第二章を「選択」と表現しました。私の中でこの回答は非常に得心のいくものでした。

少し自分語りをさせてください。

 

まず、Fate/stay nightの原作はノベルゲームで、選択肢次第でバッドエンドやデッドエンドや、最終的な結末も変わったりするジャンルのゲームです。

ここからして、この物語は主人公である衛宮士郎に扮した自分が彼に代わって「選択」をし、物語を進めるというものですが、ことFateという作品を読み進めて、セイバールート(Fate)と凛ルート(UBW)をクリアしても、自分は上記のような感覚を抱くことがほとんどありませんでした。

 

何故か。

 

この2ルートで、一度たりとも、主人公である衛宮士郎同じ感情で選択肢を選べたことがなかったのです。

もっと細かく言うと、あらゆる重要な選択肢において、私は衛宮士郎という人物の伝記を見ていて、おおよそ彼の行動原理は知っているからその選択肢を選んだ」のであって、「自分が衛宮士郎ならこうする!」という没入感から選んだものがないのです。

だから、この2ルートは「衛宮士郎という人物の英雄譚」を見ているような感覚だったのです。それでも、そういう「自分では理解できないものを文で追従して客観的にキャラを感じる」のも大好きなので、この作品はそこからハマっていったのですが。

 

それが一気に崩れ去ったのが、Heaven's Feelでした。

選択肢の答えが分からないんです。士郎の行動原理が分からないんです。すごくしんどいんです、今まで分かったつもりだったキャラが、また分からなくなる。

でも、そりゃそうなんですよ。だってこのHFにおいて、衛宮士郎は初めて「衛宮士郎自身の生き方」を見つけるんです。今までは「借り物の理想を詰め込んでその道を突き進むことを是とする」人間のふりをしたロボットだったのが、恐らく切嗣に助けられて初めて「自分の内から出たやりたいこと」を見つけて、紛れもない人間として行動するんです。

だからかもしれませんが、原作のHFは2種類のゲームクリアという意味合いのエンドに加えて、あと2種類の「エンド」があります。それはバッドエンドだしデッドエンドなんですが、でも「衛宮士郎という人物の結末のひとつ」と言ってもいいほど濃密で異質なエンドなんです。

それって、このHFが士郎自身から湧き出る感情を基に選択肢があるからじゃないかなと思っているです。

 

 

長くなりましたが、上記を踏まえて見たときに、

この第二章で衛宮士郎は「間桐桜だけの正義の味方」であることを選択します。

 

教会を抜け出して雨に打たれる桜の前で、「どんな桜でも赦す」と言う士郎。

桜の真実を知り、それが間違いなく世界にとっての悪であると分かっていながらもナイフを振り下ろさなかった士郎。

世界よりも万人の命よりも、彼は間桐桜を選んだんです。

恐らく英霊エミヤへと至ったであろう【理想の姿】から「裏切るのか」と問われても、

色んな憑き物が落ちたような静かな表情で「裏切るとも」という士郎を見たとき、もうどうしようもなく涙が溢れてきました。

 

しかし、残酷な話をするならば、間桐桜にとって「士郎に選ばれた」ということ自体が、彼女が望む最大の幸福であり、最悪の運命を引き寄せるわけです。

桜という女の子は、本当に自己評価が低いんです。作中でもあったように、幼い頃から蟲による調教で体を弄り回され、義兄のワカメ慎二から性的暴行を受け、心身ともに滅茶苦茶にされている。そんな自分が憧れの大好きな先輩である士郎に好かれるなんて。

上辺の自分であったとしても士郎に居場所を与えられたこと。一緒にご飯を作って、団らんして、そんな時間ですら自分には身に余る幸福なんだ。と思おうとしてる子です。

 

「先輩。私、処女じゃないんです。」

本当の間桐桜を知ってもなお、自分を受け入れようとしてくれる士郎に言い放ったこの一言が、本当に辛いんです。

本当は守ってほしくて仕方ないんです。助けて欲しいし、大好きな先輩に愛されたい。

でも、こんな自分なんか守ってもらう価値がない。愛されたいなんて思っちゃいけない。大好きな先輩を汚してはいけない。

このセリフを言うために、下屋さんが苦心に苦心を重ねてやっと言えたセリフだと仰っていたのを聞いて、劇場で五体投地しようかと思いました。

 

少し話はズレましたが、これだけ自己評価は低いのに、桜にはまともな幸せを望んでしまう気持ちもあった。だから、一度その幸せを掴んでしまったら、「もう二度と失いたくない」と思ってしまうのです。

 

結果、彼女は今まで耐えられた慎二の存在を拒否します。彼女の幸せを穢す存在として慎二を認識します。そして、殺します。衝動的に。

正気に戻ったとき、【兄さん】を殺したという事実と、先輩に愛してもらった自分をまた穢してしまったという罪悪感から、彼女は【反転】してしまうのです。吹っ切れちゃうんですね。

なんて悲しいんだろう。なんて報われないんだろう。

最後、黒く染まった桜の口元がつり上がります。

でも、あのとき桜はどんな目を、表情を、していたんでしょうね。

 

 

ここまで語りましたが、いやもっと書きたいんですけど、

まだ1回しか見てないんで細かいところはあと数回見てからにします。

 

HFはここからが「Heaven's Feel」です。

第三章、2020年の春。桜の季節にHFは完結します。

 

「春になったら、桜を見に行こう。」

 

1年以上の空白はファンにとっては長く、待ち焦がれるけれども。

賛否両論あるこのルートの映像化を望んでしまった私なので。

 

「罪が赦されるまで、ここで春を待つ。」

「約束の花を見に行こう。」